五輪でドリームチーム編成へ…英国で高まる機運
サッカージャーナリスト 原田公樹
予想外の結果だった。7月に開幕するロンドン五輪に出場するサッカー英国五輪代表の招集に応じるかどうか、選手に尋ねたアンケート調査の"スコア"は「184対7」。いうならば、FA(イングランド協会)の圧勝だった。これまでのスコットランド協会などの幹部の発言からすると、愛国心から英国統一チームへの「不参加」を表明する選手は相当数いるのではないかと予測していたが、多くの選手の本心は違っていた――。
184選手が参加の意向
先日、FAは英国五輪代表に選ばれる可能性がある191人の男子選手に対し、招集に応じるかどうかの調査を行った。男子の五輪代表は、23歳以下の選手18人で編成され、そのうち3人までオーバーエージ枠が認められている。
その結果、「英国代表の招集に応じない」と返答したのは1人のイングランド人選手を含む7人だけだった。
元イングランド代表主将でロサンゼルス・ギャラクシー(米国)のMFデービッド・ベッカム(36)や、元ウェールズ代表でマンチェスター・ユナイテッドのMFライアン・ギグス(38)を含め、184選手が「参加」の意向を示したのだ。
これでロンドン五輪では、約40年ぶりに英国統一の五輪代表が編成されることが確実になった。
女子は不参加表明ゼロ
同時に英国女子代表への参加を問うアンケートも行われ、何人から回答を得たかは明らかになっていないが、「不参加」を表明した選手はゼロだった。
1996年のアトランタ五輪からオリンピック競技になった女子サッカーは、年齢制限がなく、フル代表で戦う。つまり英国全土から、イングランド代表、スコットランド代表、ウェールズ代表、北アイルランド代表に関係なく、史上初のドリームチームが結成される。
長い道のりだった。かつて英国五輪代表は、強豪として知られていた。地元開催だった1908年ロンドン五輪、12年ストックホルム五輪で連覇を達成。その後、世界的に選手のプロ化が進み、五輪からプロ選手が閉め出されたが、英国五輪代表はアマチュアのイングランド人選手を主体に、数名のアイルランドを含めた各国出身の選手たちで編成された。
48年のロンドン五輪では、伝説の名指揮官として知られる当時マンチェスター・ユナイテッドを指揮していたマット・バスビー監督に率いられ、4強入りを果たした。
北京五輪まで9大会連続してエントリーせず
ところがその後、64年の東京五輪、68年のメキシコ五輪、72年のミュンヘン五輪と3大会連続で予選敗退してから、英国五輪代表は編成されなくなってしまった。
サッカーが盛んな英国では、ある一定のレベルにある選手たちはプロ選手になってしまうため、逆に他国と比べてアマチュアの五輪代表のレベルが低かったからである。
その後、五輪は商業化の波に押され、84年ロサンゼルス五輪からワールドカップ(W杯)への出場経験のないプロ選手の参加が認められるようになった。
さらに92年バルセロナ五輪からは23歳以下のプロ選手に門戸が開放。96年アトランタ五輪からは3人のオーバーエージ枠が設けられ、プロ選手の出場機会は増した。しかし、それでも英国は2008年の北京五輪まで9大会連続でエントリーしなかったのである。
北京五輪では男女とも出場権を得たが…
とくに前回の北京五輪は、すでに4年後のロンドン五輪開催が決まっていたため、英国五輪委員会は男女ともに英国五輪代表の編成に前向きだった。
男子はU-21欧州選手権、女子は07年W杯で勝ち上がり、ともに出場権を得たが、3協会からの賛同が得られず、断念したのだ。
だが、12年ロンドン五輪では開催国として自動的に出場権が得られるため、FIFA(国際サッカー連盟)やFAは何とか英国五輪代表を再結成できないか、試行錯誤を繰り返した。
"特権"の剥奪を懸念
これに対し、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの3協会は猛反発。「選手は招集に応じない」とかたくなだった。
もし英国五輪代表の編成を容認すると、これまで認められてきた、それぞれが代表チームを編成できる "特権"を剥奪されるのではないか、という恐れを感じていたからだ。
つまりW杯や欧州選手権でも「英国は一国家なのだから、英国代表として統一チームだけが出場するべき」という意見が浮上することが怖かったのである。
これに対し、FIFAのブラッター会長は「もし3協会の選手たちが英国五輪代表としてプレーしても、何ら制裁はない」と特権の剥奪はしない、と明言した。だが、いつも発言が変わるブラッター会長の言葉だけに、誰もなかなか信用しなかった。
ベッカム発言で機運変化
しばらく平行線をたどっていたが、少しずつ機運が変わり始めた。ベッカムが「英国五輪代表として、ロンドン五輪でプレーしたい」と発言してからである。
「あのベッカムでさえ、ロンドン五輪に出場したいのか……。それほどロンドン五輪とは重要なイベントなのか」。こうしたムードが硬直していた雰囲気を変えていった。
少しずつ男女の若いスコットランド代表やウェールズ代表の選手たちが「出たい」と発言するようになり、最初は反発していた3協会も、ついに「止めることはできない。選手個人の意思を尊重する」と表明したのである。
もし時代が違ったなら「私は英国人ではなく、スコットランド人だ」とか「ウェールズ人としてイングランド人主体のチームに加わりたくない」というイデオロギーによって、統一チームの編成は不可能だったろう。
だが、個々の出自へのアイデンティティーはあっても、それは閉鎖的なものではなく、ベッカムの発言がきっかけで、よりオープンマインドな方向へ導かれたのはないか、と思っている。
もしかしたらベッカムの発言は、五輪組織委員会やFAの戦略の一環だったかもしれないが、歴史に閉ざされていた人の気持ちを氷解させたのである。
誰が選出されるか
はたして誰が選出されるのか。英国五輪代表の指揮官に就任したU-21イングランド代表のスチュワート・ピアース監督は言う。「イングランドの選手だけを招集しようと思って、この仕事に就いたわけではない。もしすべて可能なら、すべての国から選出されるべきだろう」
とはいえ「必ずしも4協会すべての選手が入ってくるとは限らない」とも言う。当然のことだろう。統一チームなのだから、各協会から最低1人は選ばなくてはならないという制限があったら、それほどばかばかしいものはない。
もし右ウイングにイングランド代表のFWセオ・ウォルコット(アーセナル)、左ウイングにウェールズ代表のMFギャレス・ベール(トットナム)が入れば、それこそドリームチームだろう。
それぞれ北ロンドンを本拠地にするライバルチームに所属し、代表でも決して同じチームではプレーしない2人の俊足ウインガーの共演である。さらにベッカムとギグスが加わると、派手さは増す。
快速ウイングであるギャレス・ベール(トットナム=写真左)とセオ・ウォルコット(アーセナル=写真右)の共演はなるか=写真はともにAP
英国女子代表のほうは、もっと豪華キャストだ。イングランド女子代表のホープ・パウエル監督が率いるため、イングランド代表が主体になるだろうが、すでに公に「参加表明」をしているスコットランド代表のMFキム・リトルやFWジェニファー・ビーティーが加わる可能性があり、そうなると相当に強い。
ウェールズではどんな応援?
さらなる興味は1次リーグの各3戦のうち、英国男子五輪代表が1試合、英国女子代表は2試合をウェールズのカーディフで実施することである。
はたして観客席で地元サポーターがどんな応援をするのか。どんなユニホームを着て、どの旗を振るのか。
W杯や欧州選手権の期間中、英国では、たとえばイングランド人なら赤の十字の旗、「セント・ジョージ」を家や車に飾るのが習わしだ。
はたしてカーディフの町には、赤い竜のウェールズ旗が振られるのか。まさか英国旗である「ユニオン・ジャック」ではないだろう。
この男女の英国統一チームが勝ち上がったとき、当初、強硬に反対していた3協会の幹部たちは、どんな発言をするだろうか。
辛らつな英国メディアだから、そのあたりは漏らさず取材して記事にするはずだ。英国全土がどのように覚醒するか、しっかり見届けなければならない。